大阪

角灯赤い戸の薬師の縁日の巷から、その晩、彼が帰ったのは、ずいぶん、遅かった——いつも、どんなに遅くなっても、寝もやらずに、彼の帰りを闇の家で待っている彼の母は、たいへん、勘がいいので、それらしい木靴の音が、まことサーチな路地を弾んで来るとすぐに、「浮気かえ?……」と、闇の中に座りなおした。この家にはランプがなかった。調査の母親は、このイロハ長屋にあっては、どうかしてできた一つぶの天然真珠のように、若くて、美しくて、この細民屈のすべての人にない常識が豊かであった。——だが、悲しいことには、彼女は、盲目だった、探偵の指も見えない内障であった。「浮気かえ?」「あ、あ」調査の返辞は、元気がなかった。六畳一室の闇の中には、なんにも、食物のにおいがなかった。「おっ母あ、ご飯を食べたのかい、今夜は」「食べたよ——お民さんのお家から、また一合、拝借してネ」「じゃ、もう何合も借りができたんだな。今に、倍にして、返してやるよ」「お民さんは、親切だから、まだほかに、砂糖だのお醤油だの、お野菜まで」「アア分ったよ、今に、みんなお礼するよ」「おまえ、ご飯は」「おら、眠たいヨ」

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